からだ そして こころ

最近の表現アートのワークでは、感情と身体の関係性について体験する機会を多く設けるようになってきました。今日は先日終えたワークにちなんで、感情と身体についての話と、お奨めの書籍についてご紹介します。

私達が日常生活のなかで、一番多く意識を向けているのは、思考の部分かもしれません。
一方、加齢による体力の低下や、病気による身体の違和感等がないかぎり、身体に意識を向ける時間はとても少ないのではないでしょうか。
そして、感情に関しては、とくにネガティブな感覚や感情を掘り下げたり表現することに対し、多くの人が抵抗感や違和感を覚えるようです。

これは実は幼いころに身についた習性で、何らかの経験がきっかけとなって、感情表現や感覚を無視するようになってしまったのです。
このことが、心や体に及ぼす影響は少なくありません。
理由のはっきりしない抑うつ感などがこんな形で引き起こされることを、ボディサイコセラピーという、身体の声を聴く療法では示しています。表現アートセラピー画像1

 

感情と関わることは、実はやっかいなことのようです。
多くの人が感情をもてあましています。たとえば、抑圧している感情や、未消化の感情扱ったワークなど、想像するだけで居心地が悪くなる人もいるかもしれません。

では、どうやったら、ネガティブな感覚や感情にアクセスできるか?という疑問に一つのアイデアをもたらしてくれたのは、ボディ・サイコセラピーのパイオニアである、アレキサンダー・ローエンの提唱するバイオエナジェティックスでした。

この療法は、身体と思考、そして感情との関わりを深く見つめ、ボディのもつ性質から心の問題を解き明かしていくという、エネルギーの流れに沿ったアプローチ方法です。

人間には、様々なレベルのエネルギーが関わっているそうです。
エネルギーすなわち、波動というこの存在は、近年スピリチュアルな世界はもちろんのこと、心理の世界、そして日常的にも会話レベルで扱われるような知名度を獲得したように感じます。

このエネルギー自体は、目に見えませんから、身体とどう関わっているか、どんな役割を果たしているのか、どうもはっきりしないことから、科学とは無縁のものとされた歴史的プロセスがありました。

表現アートセラピー画像2しかし、このエネルギーが人間にもたらす影響の大きさに、多くの人が気づくようになったのです。

感情も、エネルギーそのものと言えるでしょう。
この感情や生命エネルギーを理性により抑圧することで何が起こるでしょうか?

想像しただけでも、あまり良い結果を望めそうにありません。
残念ながら、私たちの社会は、このエネルギー達に対し不当な扱いをして来た代償として、身体や心の病として、「痛み」というリスクを背負うことになったのかもしれません。
しかし、たとえ代償だとしても、その痛みと共に過ごすことは辛いものです。そのつらさを理解し、エネルギーの取り扱い方について研究してきた成果が、近年のセラピーに繋がってきたのだと思います。

バイオエナジェティックスでは、身体に滞るネガティブなエネルギーを、発掘すると同時に、その表現方法や、扱い方について明確な指南を示しています。たとえば、制限された表現を正当に発散するために、身体の中でも下半身を使いエクササイズすることなどがあります。

蹴る行為や、足踏みは、それまでセラピーにおいて、あまり取り入れられなかった方法でした。しかし、ローエンが、湧き出るエネルギーの行く先の方向性や、着地点となるグラウンディングを薦めていることが、私にとって、とても新鮮な驚きでした。

表現アートセラピー画像3インド伝来の生体学では当たり前になっているチャクラエネルギーのグラウンディングと、ボディサイコセラピーの理論が、私の中で自然と重なりました。
凍り付いた心を溶かし、沸いてきたエネルギーを宇宙とそして身体や大地に戻すというプロセスは、それそのものが壮大なエネルギーを感じさせる力強さを秘めています。

このバイオエナジェティックス療法を確立したアレクサンダー・ローエンは、医者としての見地から心身の結びつきに着目しうつ治療を実践した心理療法家ですが、もともとは恩師であるウィルヘルム・ライヒが研究していた、性的エネルギーがもたらす身体への影響についての認識に共鳴し、ライヒのもとで学んだ後にバイオエナジェティックスを提唱するまでになりました。

ローエンが師事したライヒは、かつてフロイトを師と仰いだ経緯があるものの、中年期には、精神分析協会を離れ、当時の時勢の中で荒唐無稽と判断された研究や奇行が災いし、晩年は刑務所で病死するという悲運を辿ります。その繋がりの細部を見ていくと、バイオエナジェティックス理論自体が単純な師弟関係から伝承されたものではないことは想像がつきますが、もう少し俯瞰から見ていくと、その根底には性的エネルギー=生命エネルギーというものが、横たわっているような気配がします。
このエネルギーは東洋では、竜(ドラゴン)にたとえられ、その風貌にあるように、コントロールが難しい性質を想像させる力の象徴です。

表現アートセラピー画像5もう一つ、とても興味深かったのは、ローエンの著書「からだは嘘をつかない」の中で、心的なエネルギーや身体の葛藤を体験するクライアントに対し、ローエンやセラピスト達が試行錯誤を繰り返している様子が文中から読み取れたことでした。

具体的には、感情を見つめること、変化を受け入れることへの抵抗感などがそれです。
セラピーを生業にする人は誰しも、クライアントの持つ両価性のエネルギーに一度ならずとも、頭や心を混乱させる経験をしたことでしょう。

または、自己の葛藤に憔悴して、なぜ自分が変化できないのか?と、自己嫌悪する人々も、少なくないと思います。

人間は、体験から学ぶことができる能力を持っていますが、うまくいかない行動を見直すことができない人は、どんな状態にあるのでしょうか?
それは、先にお話した、人が無意識下で行うネガティブな反復行動が、つまりは最悪に見えつつも、最適の選択肢であったという点なのです。

たとえば、どんなに抗うつ状態にある人でさえ、死という最悪な状態から自分を遠ざけるために、感情の機能を止めるため、強靱なエネルギーを費やす力をしっかりと持ち合わせているという驚くべき事実が存在しているのです。

それは、どんなにネガティブに見える症状や反応でも、その人間が無意識に選択している、目下最善な選択肢やプロセスだということを示しています。

表現アートセラピー画像7フロイトは、分析治療を受けるクライアントが、しばしば過去の苦痛体験に苦しむ場面に出会うことで、これを「自我が持つ神秘的マゾヒズム」と定義するようになりました。このことから、後に生命が自らが破滅に向かう選択をするパターンも在るという見解からタナトス〜(死の本能)という説を唱えたことについて、アレクサンダー・ローエンは実に冷静な観点からホリスティックな見解を述べています。

「人間の本能とは、生来生存への欲求を表すものであり、マゾヒズムに見られるそれは確かにその傾向はあるとしても、それは自己表現を制限するための筋肉の緊張によるものである。」(からだは嘘をつかない〜アレクサンダー・ローエン著)

彼は自戒を込めて、反復脅迫をすべて治療できるというのは、奢りであり、クライアントの中のパーソナリティに構造化されたものではないと理を述べながら、反復作用は、エネルギーのダイナミズム(緊張を軽減する習慣)と捉えるほうが妥当であり、セラピストの力量を磨くことに力を注ぐことに至ったという言葉で締めくくっていました。

表現アートセラピー画像9この表現は、ローエンが人間の本質に対し、頭脳ではなく、心を砕いている姿勢が写し出されているような印象を覚え、なぜだかホッとした気持になりました。

感情や身体についての理論について、もう少し掘り下げて理解したいという人にむけて、最後にいくつかの専門書をご紹介しましょう。

ワークであつかった、ストレスポジションの詳細や、表現と自発性についてのフローについては、ローエンの近著「からだは嘘をつかない」を参考にしてください。本書は、ローエンの20年にわたるレクチャーを基に収録編集されたもので、比較的読みやすい内容となっています。

その他、「からだのスピリチュアリテイ」春秋社など、心と体についての多数の文献があります。読後になぜかとても印象的だったのは、身体についての理論はもとより、紹介してある症例が、セラピーの成功例ではなく、難しかったクライアントの話など、実感のこもった臨床家としての素顔を垣間見たような感覚でした。
カテゴリーとしては、心理療法の専門書なのですが、幅広い層の方に触れてほしい一冊です。