自分を描く〜クリエイティブ・ドローイング入門
十年以上前のこと、ベティ・エドワーズの「決定版 脳の右側で描け」という本に出会い、WSに参加したことがきっかけで、絵を教える仕事を始めました。
「右脳で描く」という、エドワーズ博士の理論は、あまり日本では馴染みの無いものでしたので、こんな風に絵を描くことを細やかに見つめるのか、という感動を覚えたのを思い出します。
そして私自身、そのメソッドを基に脳のメカニズムを知ることにより、絵を描くためのテクニカルなプログラムを教えることとなりました。
プログラムは主に、絵を描く事が苦手な人、はじめてドローイングを経験する人にむけて、デッサンの基本を教えることで、短期間でスキルを身につけることができるという、目の鱗を落としてくれるようなワークで構成されています。要するに…、絵が描けないのは(この場合の絵とは、写実的な絵のこと)描く対象を在りのまま観ることができないからなのです。
「見方を変えれば描けるようになる」というのが、エドワーズ博士の理論で、私もまったく同感です。
そこで、何を描くか?なのですが、やはり物体を視覚で捉えるためには光が必要なので、光と影とのコントラストを捉えやすい物からとりかかります。
エドワーズ先生は、初っぱなからいろんな物の輪郭を描くという戦法を使います。私は、ここで卵を使ってみました。実際に、卵と2時間近くにらめっこをして、そこにある影と光のコントラストだけに集中していくのですが、これが気持良い。絵が完成する頃には、頭はすっきり、気分は気持良く高揚しています。
ストレス解消のために、瞑想が良いと言われていますが、絵を描くことも立派な瞑想です。しかも、退屈しないで思考を遮断することができるので、楽に集中できるのです。こんなステップを踏んで、シェーディング、スケーリング(測量)、感覚の統合そしてゲシュタルト的アプローチのゴールとして、自画像を描くという最終課題に進みます。ここで、面白い事が起こります。
自分の顔も、在る意味ただのモチーフです。しかし、なかなか最初はそういう風に捉えられません。なので、葛藤する。ひたすら、葛藤する…。
実際は葛藤する人と、淡々と瞑想状態で描く人と半々ぐらいでしょうか。
この自分と向き合う最終課題のプロセスは、表現アートのワークの醍醐味と似ています。実際に、絵を描く事で、沢山の気付きが起こりますし、問題が解決した、という感想を沢山もらいました。
別に、心の内面を見つめたわけでもなく、ただ黙々と絵を描くだけなのですが、描くテクニックを学んでいるうち、心にある偏った見方まで整頓されてくるから不思議です。
10数年前、このワークを教えることがきっかけで、アートセラピーの道に進むことになりました。それはそれで、楽しい経験に発展したことは、この経験があってこそ。
ある時、そのプログラムを絵が描けないという、編集者に試したところ、あっという間に描けてしまったことにびっくりして、「これ、本にしましょう」ということで、「[新装版] 7日間で完全マスター 絵が描ける脳をつくる
」という本を書くことになりました。出来あがった本はおかげさまで増版され、現在韓国語と中国語に翻訳されています。
ここ数年、表現アートのワークショップに熱中するうち、あまりこのドローイングメソッドのワークから遠ざかっておりましたが、この夏ひさしぶりに軽井沢で開催することになりました。
白状すると…、最近、寄る年並みのせいか(苦笑)腰に負担がかかる(中腰の姿勢で行うので)このワークの開催を避けていたせいもあるのです。
しかし、今からこんなことでは情けない!と反省し、最近は身体作りに精を出していたら、ようやく元気が戻り、再開する気持が戻ってきました。
私がこれまでの経験で学んだことは、絵を教えることの楽しさでした。
私自身が、描きたい絵が見つからず、そのモヤモヤを解消するために始めた手ほどきでしたが、その時出会った人達の絵のコピーを今でも大切にしまってあります。
子供の頃からの夢だったけれど、描けなかった人。美大を志途中であきらめた人。大人になってから、絵の研究所に通ってみたけれど、講師の先生の言葉に傷ついてしまった人。いろんな人生と出会いました。
世の中には、「絵を描きたい」と思う人がこんなに居るのか…と、感心するばかり。
そんな参加者たちと出会ううち、私自身が表現することの楽しさを学ばせてもらうこととなりました。
ある時、滅多に自分の子供には絵を教えたことも、薦めたこともないのに、息子たちが絵を描きたいといい出しました。半信半疑、絵の手ほどきをしてやったところ、希望していた芸術系の高校に進みました。
中学生の頃は、素直に教わっていたのですが、高校に進学し美大を受験する頃になると、私の指導など鼻で嗤うようになり、(事実、私よりもデッサンがうまい…)今では二人とも一丁前の美大生となっています。
まあ、私としては、絵を描く希望に満ちた雛のようなアーティスト達に手取り足取り伝えていくのが性に合っているので、満足なのですよ。(笑)
夏の軽井沢の最終章に、じっくり自分と向き合う時間を持ちたいという方、ぜひ入門してみてください。
■ 生徒作品