行く春へ
3月11日に起きた震災の影響でしょうか、春はまだ先…と感じてしまうほど、今年は春を感じる余裕を無くしていたように思います。
それでも、先日専修講座の最終回を終えた時、はじめてホッとした気分を味わいました。今年の桜の開花は例年より10日遅いそうですが、少しピンクがかったつぼみを揺らす桜の木が窓からのぞいていました。
この専修講座の最終回は、いつも何か特別で、私の気持も桜の枝のように複雑に揺れるのです。それはこの半年という時間を共に過ごし、いろんな感情を分かち合った仲間との別れを思う感傷からかもしれません。
一期一会という言葉がありますが、今回ほど何度も繰り返し感じたことはありません。
今回終了する仲間は不思議なことに、とても個性的でありながら、お互いが強い絆で結束していたように感じました。このメンバーで集まってワークをすることはもう無いかもしれませんが、この絆はきっと末永く繋がっていくような気がします。
グループをファシリテーションしてみて思うことは、塊としてのグループと自分との距離感について。皆、サポートを必要とする深いワークにおいても、それぞれが小さいグループの中で助け合い、声をかけあって乗り越えていました。
一人一人との深い繋がりというよりも、グループ全体と自然でバランスのとれた距離感が成り立っており、ファシリテーターにとっては、安心して流れを見守ることができました。
「前向きに生きること」など、当たり前のように賞賛されますが、本当のところ、このように生きることは難しいのではないか?と思うことが多いのです。
特に、最近の風潮や人間の習性を踏まえると、肯定的な前向きの態度ではなく、否定的な後ろ向きに生きているパターンにぶつかります。
人間は不安になるととたんに否定的になり、防御的になります。ハートを開くなんて危険なことなど決してしないのです。そうやって生きている人がどれほど多いか…。
そんな風潮に慣れてしまっている自分に気づいたのは、今回のグループに出会い、その前向きでひたむきな姿勢を目の当たりにしたからなのです。
最終回のテーマは、<スピリチュアル>でした。
その中で扱った<死について>学ぶ課題はヘビーな内容でしたが、この時期だからこそ、だれもが身近に死をおいて考えながら、自分たちが死を越えて生きる魂の存在であるという壮大な真理について経験的に学んでいました。
スピリチュアルという概念はともすれば、荒唐無稽と片付けられるか、地に足着かない不安定なもの等と、否定的に捉えられることもあります。しかし、この概念を深く、そして正しく学ぶことが、心の傷や、また死について考えるとき、とても役立つ価値観となるのです。ワークを終えたとき、死についての意識が変わったと、誰もが口にしていたのが印象的でした。
6回の講座を通して、宇宙の普遍的な智慧となる法則についても学びました。
それらを、皆が日常の生活で活用していることを知り、安心しました。
この講座を通して学んでもらいたいことが、その智慧に集約されていたから。
半年の時間の間、誰もがベストを尽くし、正直にワークに取り組んでいたことが、印象的でした。そして、皆がこれからも日々自分自身と対話しながら、自分と繋がる人達との対話を通して、どこまでも成長していくのだと思います。
そして、何よりもうれしかったのは、最終回のこの日全員が元気に参加できたこと。
※インターン参加のゆっきーは青森から交通事情のため参加することができず、残念でした。
皆、援助者として、学び成長したいという尊い意志を持ち、一旦この講座を終えたあとも、このネットワークの絆は残り、広がりコミュニティを作っていくことでしょう。そして、その中でさらに成長しながら、縁ある人を支えながら、表現する喜びを実感していくことを願っています。
皆さんの行く道が暖かな光で照らされていくことを祈って。
愛と共に
吉田エリ
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