726 私達は、(人間や自然界の在る物すべては)気づきの意識のレベルで繋がっています。そして、自意識という意識のレベルで分離しています。自意識は思考が紡ぎ出すドラマを創りだし、感情という観客が現れます。
725 すべては、在るがまま、完璧なタイミングで現れています。自然に生命のドラマは流れ、途切れなく続いています。私達は、このドラマを自分の意志で止めることも変えることもできません。たとえ、肉体が滅びたとしても、生命の全体性からは切り離されません。それが、私たちの生きている世界です。ただ、それに抵抗し、変えようと必死にもがくのは、私達の自意識だけです。
724 何かを強く求めるというのは、一方で何かに強く抵抗していることになります。望まない何かを見ないようにするために、別の方を向いて、何か別のものをみたいと渇望しているのかもしれません。「望む」ということは、何かが足りないからでもなく、何かを拒否するためでもなく、純粋に興味がそれ(望む何か)に移行した、ただそれだけのことをいいます。
723 何かになろうとして、努力しないでください。そして、何かになることを怖れないでください。あなたは、今すでに、かつて望んだ自分として現れています。そして、ある意味、在りたくない自分として現れているのかもしれません。もしも、あなたが何かになりたいと思ったら、ただそう望み、出来るだけ自然に過ごしてください。くれぐれも、なりたくない自分を想像して、躍起になって対処に明け暮れないことです。
722 望むものがあれば、ただそれに<気づく>だけで良いのです。強く願ったり、努力したり、はたまた諦めたり(欲しがらない振りをしたり)する必要はありません。…というか、むしろ、そうすることは逆効果です。ただ、自分が望むもの、人、状況に気づいてあげればいいのです。しかし、望むだけではダメだろうと、焦ることがストレスになって、すべてを遠ざけてしまいます。願望を叶えるために必要なことがあるとしたら、信じて待つことぐらいでしょう。
721 悟っても、嗜好は変わりません。性格も、体質も変わりません。ならば、何故「悟り」を求めるのでしょうか?(もちろん、求めない人の方が多いでしょうけれど)それは、単に「自由」な感じがたまらなく良いのだと思います。