絵本や童話の世界は心に安らぎや、高揚感を与える力があります。
これはファンタジーの世界が持つイメージの力がもたらしているのかもしれません。心理療法などのメンタルケアの中に、ナラティブ・セラピーという物語療法があります。
この療法は、心に傷を持つ人が、自分自身の生い立ちを嘆くことから立ち替わり、その中で生き抜いてきたサバイバル能力に注目させるように促します。別の視点で自らの人生を振り返りながら、そこで傷つきながらも自らの内面に克服する力、リソース(内的資源)といわれる意欲を見出せるよう変化して行きます。
近年、心の病への取り組みは、モダニズムと呼ばれた「精神分析」の様式から近代に向けて、そのアプローチへと、大きく変化してきました。
現代ではクライアントの自己治癒力となるリソースを引き出す、「クライアント中心療法」が指示されるポストモダニズムの時代へと移り変わっています。中でも家族療法の一端として派生したナラティブ・セラピーは、そのアプローチの独自性を確立してきたのです。
初めてこのセラピーのことを耳にしたとき、興味深く思いながらも、ファンタジーがセラピーにもたらす力に対しある種、懐疑的でした。 それはどこかで、フィクションよりもノン・フィクションの持つ現実の重みに価値を見出していたからかもしれません。
空想の物語はあくまで架空の出来事であって、悩みを訴える人にとって、現実逃避にしか過ぎないのではないか?という偏見がありました。 しかし、心理カウンセリングや表現アートのワークを提供するうち、私の考えは変わっていきました。
子供時代に受けたトラウマ(心の傷)や、ネガティブな教え込みに苦しむ彼らは、未だ幻想(ファンタジー)に閉じこめられているという状態なのだと気づいたのです。
そしてさらに、実際に彼らが自身で創り上げた物語により、勇気づけられ、思考の変化や希望を見出すという心理プロセスを辿る様子を頻繁に眼にすることで、物語の持つ力を思いしる事になったのです。物語がもつイメージを育てる力、そして、人間の想像力に秘められた治癒力の存在を改めて考えさせられました。
ファンタジーを紡ぎ出すイメージ力を育てるにはまず、顕在意識に休息をとらせることが何よりも大切なステップだと言えます。
心理療法家として有名なユング(C.G.Jung.1875~1961)が、心理療法の手段に夢を分析し、また神話をメタファーに使ったことは良く知られています。 ユングは神話がもたらす、断片化された意識を、構造化させる無意識の作用に注目し、つぎのような言葉を残しています。
「私たちは心のなかで物事が起こるに任せられるのでなければならない。意識は永遠に邪魔(助けたり、直したり、否定したり)をつづけ、決して心的プロセスが平穏に進むよう放っておいてはくれない。 まずなすべきは、ファンタジーの断片をどう発展するか、ただ客観的に見守る、ということにある。」(Jung,1929)
自分の思考を休憩させ、しばらくイメージの世界で遊びます。
そして、新しいリソースの物語を紡ぐこと、そのストーリーに添って描いた夢を具体化(絵本にしたり)することそのものが癒しとなります。 何を作るか?それよりも 費やす時間そのものが自分へのギフトなのです。