VOICE / 参加者の声

おもしろきこともなき世を、おもしろく

"怖がっている私と叱る私に挟まれフリーズしていた時、幕末の高杉晋作の「おもしろきこともなき世を、おもしろく」を思い出しました。深刻に考えることも、面白がることもできる。正解を探すのではなく、人生ともう少し軽やかに対話してみたい。わからないからこそ少し面白がってみる。このへんてこな人生を、命をかけて楽しみたいです。"

怖かった。
不安だった。

私に、そんな責任を持つことなんてできないと思った。

勉強のこと。
仕事のこと。
家族のこと。

これから、どんなふうに生きていきたいのか。
いろんな道が、いっぺんに目の前に現れた。

まだ何ひとつ決まっていないのに、私は、ずっと一人で先まで走っていって、
「私にはできない」と、まだ起きてもいない未来の中でひとり、追いつめられていた。

心臓がバクバクして、息が苦しくなって、身体まで動かなくなった。

もう何も考えたくない。
何もしたくない。
ただ、止まっていたい。

なのに、止まっている私を見て、今度はまた別の私が言う。

「そんなことしてたらダメ」
「早く動かなきゃ」
「ちゃんとしなきゃ」

怖がっている私と、怖がっている私を叱る私。
その間に挟まれて、ますます動けなくなった。
まるで、この世の終わりみたいだった。

そうやって私はいつも、不安や恐れに飲み込まれるたびに、フリーズして、かちこちに固まっていた。

そんなとき、ひとつの問いが浮かんだ。
フリーズした私に、今の私は、どんな声をかけられるだろう。

「それって、本当かな?」

本当に、私は自力で生きていけないのかな?
本当に、自由がなくなるのかな。
本当に今、全部を決めなくちゃいけないのかな。

怖さの中で信じ込んでいたことに、ひとつずつ、もう一度、問いを立ててみる。

ちょうど最近、アニメ『逃げ上手の若君』を見始めた。
主人公は、鎌倉幕府が滅びたあとも逃げながら生き延びていく少年、北条時行。

絶望の底に立たされ、もう逃げ場がないような場所まで追いつめられたとき。
死の淵に立つような、ぎりぎりのところまで行ったときにこそ、時行の中にある、本来の力がむき出しになっていく。

怖さの中で、生きようとする力が目を覚ます。
エッジに立ったときにこそ、その人の中に眠っていたものが、現れることがあるのかもしれない。
そんな北条時行の姿に、私は少し勇気を貰った。

そして、フリーズしている私と向き合ったとき、こんな言葉が浮かんだ。

むずかしきことを、面白く。

その瞬間、江戸末期、幕末の長州藩士、高杉晋作の言葉を思い出した。

「おもしろきこともなき世を、おもしろく」

激動の時代を生きた人が、思いどおりにならない世の中を面白く生きようとした言葉。

ああ、そうか。
人生は、深刻に考えることもできる。
その人生を、面白がることもできる。

もちろん、大切なことには向き合いたい。
怖さを、ごまかしたいわけでも、何でも、笑い飛ばしたいわけでもない。

とことん悩む。
ちゃんと怖がる。
じっくり立ち止まる。

でも、そのあとで、
「さて、これはどうなるんだろう」
と、ちょこっと首をかしげてみたい。

正解を探すのではなく、人生と、もう少し軽やかに対話してみたい。

どの道を選ぶのか。
何を続けて、何を手放すのか。

今はまだ、わからない。
先の未来なんて、そもそも誰にもわからない。

だったら、わからないものを怖がって固まるだけじゃなく、わからないからこそ、少し面白がってみるのもいいのかもしれない。

人生は、思っているよりずっと、へんてこで、予定どおりにならない。
でも、だからこそ面白いのかもしれない。

深刻になる私もいる。
怖くて動けなくなる私もいる。

その隣で、「でも、ちょっと面白くなってきたね」と言えるアダルトな私も、育てていきたい。

むずかしきことを、面白く。
起こることを、ひとつひとつ味わいながら。

この、へんてこな人生を生きてみたい。
命をかけて、一度きりの人生を楽しみたい。

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