VOICE / 参加者の声

境界を越えていくということ

"「剥き出しの自分」を表現することは、私にとって、とてつもなく恐怖だった。こんなに全裸のような感覚になるなんて、私はどれだけ鎧を着てきたのかと思うと愕然とした。それでも心の内側から響く地鳴りのような「表現したい」という声を受け止めて出したとき、返ってきたみんなの反応は恐れていた拒絶などではなく、ただ温かく受け止めてくれるものだった。"

以前受けた定期専修講座のベーシッククラスは、私の内側をじっくりと感じる時間だった。
今回の定期専修講座のアドバンスでは、自分が今まで蓋をしてきたもの、自分で自分にごまかしてきたものと向き合わざるを得ない時間となった。

様々な表現でアウトプットしていく中で、本当の自分を諦めている自分に気づいたり、表現はしているけれど、どこか自分の表現のやり方に違和感を覚えたりした。

自分の中で色々と試していくうちに、「もうこれくらいでいいかな」という気持ちや、どこか整えた自分を見せたいという気持ちが出てきて、それに対するもどかしさが段々と蓄積されていった。

このもどかしさから「逃げたい気持ち」と、「本当にそれでいいのか?」という自問自答の狭間で、ずっと自分自身と共にいた。(それは今でも同じかもしれない。)

しかし、アトリエYSという安心できる人たちと、ジャッジの無い環境の下では、
「本当にそれでいいのか? 本当の私とはどんなものなのか。本当の私、剥き出しの私を表現したい」
という内側からの声が、より力強く聞こえてきたように思う。

最後の発表で、その「剥き出しの自分」を表現させてもらえたことが、自分の中で何かが動き出すきっかけになった。

「剥き出しの自分」を表現することは、私にとって、とてつもなく恐怖だった。
文字通り、自分が裸になって人前に出るような感覚と、強い孤独感があった。

こんなに全裸のような感覚になるなんて、私はどれだけ鎧を着てきたのかと思うと愕然とした。

人にどう見られるか、恥ずかしくないように、ちゃんとするために―。
そうやって自分を守るために着てきた鎧を脱ぐのは、とても怖い。

ましてや自分の心の深くにある、冷たくてグロテスクな石っころのようなものを人前にさらして、何になる?
そんな冷めた気持ちもあった。

それでもやはり、心の内側から響く地鳴りのような「表現したい」という声を受け止めて、整っていない、そのままの自分の内側を出すことができた。

そして、そこで返ってきたみんなの反応は、私が恐れていた拒絶などではなく、ただ温かく受け止めてくれるものだった。
それが分かったとき、あれほどの孤独感がすっと和らいでいった。

これが次のステップにつながっていると確信している。

この先もまた、自分に気づく旅をアトリエYSの下で続けていきたい。
アトリエYSと、仲間たちには感謝の気持ちでいっぱいだ。みんな、ありがとう!

この参加者が受講した講座
定期専修講座アドバンス 2025 (6ヶ月間)
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