今年の冬はいつになく寒い。
冬ごもりのアトリエで、「絆」という名のワークショップが行われた。
この「絆」とは、自分と自分自身、他者と、社会と、自然や宇宙との絆を意味する。
そのどれもが断たれていたら、、
それは不安という名の不協和音が聞こえてくるのでは ないだろうか?
人はそんな絆を求めて自然と彷徨う。
求めていながら、いざ繋がろうと思ったとき、どうやって繋がったらいいのか 解らなくてまた悩む。
その術を表現アートで模索することができないか?
そんなことをアートセラピーを始めた頃考えていた。
やがてこの「絆」のプログラムが私の中でその答えとなった。
ワークショップに集まった人たちは、年齢も経験も様々だったけれど、皆一様に自分の表現を通して、自分との絆、他者との絆を確認して行った。
創造の過程は決して楽しいものばかりではないだろう。白い紙や、粘土と格闘しながら想いの在処を探す。その横顔を本当に美しいなと私は常に思う。
以前観たジャクソン・ポロックの自伝的映画「ポロック〜愛のアトリエ」の 中で、ポロックの制作風景を描くシーンがあった。
緊張感がはりつめた白いキャンバス。
止まることのない筆を運ぶ腕。
しぶきを上げる絵の具と汗。
ポロックの作品は、その作品その物よりも、制作のプロセスや制作中の彼の横顔を見ているほうがスリリングだ。そのシーンの感動や高揚を、この表現アートのワーク中で体験していることに今回改めて気づいた。ワークショップの参加者達が生み出す熱気や真剣な空気は、偉大なアーティストのものと 変わらないものなのだと納得させられたのだ。
パステルを握る指、粘土を包む手のひら、 工作に夢中な横顔。
作品を見つめる真剣な眼差し、そして全身で表現するムーブメント。
ずっと観ていても飽きないぐらい、すべてのシーンにワクワクさせられる。
そしてワークショップはいつものように、アート、ムーブメントを通して、その表現する先の心の変化を見つめていく作業が続いた。参加者達は真剣な中に、だんだんとほぐれていく身体や心のように柔らかな表情へと変化して行った。
最後に大きな曼陀羅の集合アートを囲んで手を繋いだとき、その柔らかな思いが伝わってくるのを感じた。紛れもなく感じたのは、今ここに自分たちが居ることの意味だけ。そのことだけが大切だと思える時。
2日間のワークを終えて思うのは「絆」のワークショップは他のどのワークショップよりも暖かいということだった。
人と人との間を埋めるのは愛ではないかと至極、自然と思える。
人間の『間』は、「あい」とも読める。
間と愛が同じ韻を持つのは、そんな理由からだとしたら素敵なのに・・。