色即是空~色とは、この世の現象のこと。
そして、それは空(幻想)なのだという。
釈迦が般若心経と唱えたのは、色の秘密について知っていたからに違いない。
色について紐解けば、奥深い世界を知ることになるだろう。…そんな予感がしたので、私はわざと色の世界から少し距離をおいてきたように思う。
興味があるけれど、底なしに面白く、複雑だから怖い。
思えば、美大時代に描いていた絵は、鉛筆画ばかりだったし、写真もモノクロームを好んだのは、色への執着の裏返しだったのかもしれない。
それに気づいたのは、末永さんと出会ってからだった。
末永さんは、日本にアートセラピーを広めたパイオニア的存在であり、色彩研究家としても広く知られている人である。画家の父を持ち、自身もアーティストとして活躍していた彼が、半世紀もの間アートセラピストとして活動することになったのは、色彩の世界に魅了され、その秘密の迷宮を探究することになったからではないだろうか?
色の歴史を紐解くと、17世紀にニュートンのプリズムの分光実験に遡り、その100年後、反旗を翻すようにゲーテの色彩論が生まれた。
詩人として有名なゲーテが、人間の心理に働きかける色の効果について研究していたことを知ってる人は少ないのかもしれない。ゲーテは、光だけに焦点を当てたニュートンの理論に対し、「闇と光から色彩が生まれる」と論じた。その後、彼の理論は、シュタイナー(神秘思想家)やイッテン(独・バウハウス創始者)に影響を与えていく。
ゲーテの理論に深く理解を示したのが、末永さんの色彩研究だった。末永さんは、東洋思想やタオなど、陰陽の本質を深く理解していたこともあり、ゲーテの思想を直感的に読み取り、色彩心理学の世界で独自の理論やメソッドを築いて来た。
私が末永さんの著書に出会ったのは、今から20年近く前。当時、興味深く読んでいた著者と対談する機会を得て出会えたことは幸運だった。
何故か、昔からゲーテやシュタイナーの色彩論に興味を持っていた私にとって、末永さんの話はとても自然で、水のように心に沁みた。「命の根底に流れる河は一つだから」そんな話ができるアートセラピストがいるなんて、嬉しい驚きだった。
この秋、彼をゲストに招き、色をテーマにしたワークショップをやることとなった。
「色のことのは」ワークショップは、その名の通り、色の言葉を読み解き、そして彩りを楽しむ時間だった。 色の世界を、あらゆる側面からその迷宮を紐解いて行く。
講座の中で、彼が紹介した「幻想の色」についての話が興味深かった。 色とは、実は人間の脳の幻覚だという。そもそも、「物質に色が付いている」のではなく、「脳が色に変換して見ている」だけだというその理論は、私も知っていたが、バウハウスで求めたという白と黒にプリントされた駒を使い、末永さんが楽しそうに説明するのを、皆身を乗り出して興味深く聞いていたのが微笑ましかった。
そう、色は幻想なんだ。
その幻想は、私達の記憶と共に深く心に沈んでいる。
その思い出を一つ一つ取り出して、色の歴史(カラーヒストリー)のワークをやった。
断片化した記憶は、確かに色として残っていた。
そして、感情が静まった記憶は、なぜかグレー(無彩色)として在った。
久しぶりに、過去を想い出しながら描いた絵が、そのことを教えてくれた。気づくと、幾つものカラーのポストカードが出来上がっていた。その一つ一つをめくりながら、描くことで重く沈んでいた澱(おり)が浮かび上がっては、消えていくような不思議な安堵を感じていた。
最終日は、色の絵本を作った。
自分の内なる子どもへの癒しとギフトだ。
色は、大らかな懐で私達を癒し、晴れわたった空の光の中に帰って行く。気づくとこの3日は贅沢で濃厚な時間だった…。
改めまして。
この場を借りて、貴重な体験をくださった末永さんや、参加者のみなさんに心から感謝を贈ります。
ワークショップを終えて、また一層、色が好きになりました。
色即是空をみなさんにも体験してもらえたらうれしい。
色って幻想なんだよ。
在るって思い込んでいるだけなんだ。
だから、色を恐れることなんてない。
ただ、遊べばいいんだよ。
この世界に私たちは、遊びにやってきたんだから…。
REPORT
色のことのは~アートリテラシーと色彩の世界
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