ずいぶん昔にアメリカを訪れたとき、友人の家で流れていたのはキース・ジャレットの「ケルン・コンサート」でした。
以来、彼のピアノに惹かれいろんなアルバムを聴くようになりました。
世界的なジャズピアニストとして半世紀近く活躍しつづけた彼の人生や人柄について、あまり知る機会もなく、もっぱらCDを聴くだけ。
以前から日本公演を行っていることを知ってはいても、いつも見逃してきましたが先日、ついに彼のコンサートに行く機会に恵まれ、待望の生演奏を聴くという夢が叶いました。
なんだか、往年の恋人をかいま見るようなワクワクした気持ちでホールに向かうと、会場の入り口にはちょと風変わりな注意書きが・・。
「演奏は非常に緊張した状態で行われますので、雑音をたてないようおねがいします。携帯電話はもちろん、咳やくしゃみは音を出さないように注意してください」みたいな内容。
さすがキース、すごくストイックな人なんだろうなあ、と乗っけから気を引き締めて早々と会場へ向かいました。なにしろ、遅刻したら休憩時間まで入場禁止なんですから・・。
そして、いよいよ客席のライトが消え、ピアニストの登場となったら、一斉に会場内から咳払いの音が・・。演奏が始まったら暫くは咳も出来ないという脅迫観念なんでしょうか?なんだかそれで可笑しくなって、知らず入っていた肩の力が抜けました。
最近は前衛志向なのか、メロディアスな旋律は聴けませんでしたが、やはり生の音はすばらしく、瞑想しながら(半分居眠り?)演奏を楽しみました。
最後は、なんと4回もアンコールに応え、ここではジャズやブルースまで披露してくれ、気さくで意外な一面に驚き、ただ感激するばかり・・。
満場の拍手の中、ぺこりを頭をさげて合掌(なぜか日本をインドを間違えているのかも)する姿が微笑ましくて、はじめてこの天才を身近に感じられました。
彼のソロ・コンサートのアルバムは多く発表されていますが、多くが即興で行われたコンサートを収録したものなので、つねに録音されることから、雑音を気にするのは、キース本人ではなくコンポーザーのほうなのかもしれません。
その透明感のあるクリアな音は、雪の銀世界の中で響く氷の割れるような緊張感を感じます。
しかし、本当に即興とは思えない美しい旋律やリズムは天才のなせる技と思いきや、彼はこんな言葉を残しています。
「私は自分で創造できる人間とは思わない。しかし創造の道は、目指しているつもりである。私は創造の神を信じる。事実このアルバムの演奏は、私という媒体を通じて、創造の神から届けられたものである。なし得る限り、俗塵の介入を防ぎ、純粋度を保ったつもりである。・・・」(「ソロ・コンサート」のライナーノートより)
コンサートが終わり、帰りの車の中で彼の演奏をふたたび聴きながら、その音が神の手ではなく血のかよった暖かみのある手から紡ぎ出された神の音なのかもしれない、とふと感じたのでした。
THE KOLN CONCERT[LIVE]
(1975年)
入門的アルバム。奇跡の旋律と名高い演奏に、ジャズフアンでなくても魅了されます。
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PARIS CONCERT(1988年)
クラシックピアノでも才能をのぞかせるキースならではのバッハ曲を思わせる名盤です。
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Dark Intervals(1987年)
キース・ジャレットファンからは小品集と位置づけられていますが、私にとっては魂を揺さぶられた「Americana」が納められている特別なアルバム。
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Melody at night with you.(1999年)
1999年から2000年まで慢性疲労症候群(SFC)という難病に見舞われる。その療養中に自宅で録音されたソロアルバム。→amazon.comで購入