私が絵本を描くきっかけになったのは、いまから15年以上前のこと。
小学校にあがったばかりの長男が友だちとうまく遊ぶことができずにいるのが、親の目には、それがいじめにしか見えず、なんとかしたい思いで、絵本を制作を始めたのです。
不思議なことに、絵本ができあがるころには、息子はいじめられることもなくなり、私はその作品を講談社の絵本コンクールに出品することにしました。すると、幸運にも賞をいただくこととなり、それがきっかけで、絵本の仕事を始めることになったのです。
その記念すべき作品の題名は「ゆめのはたけで」という、畑が舞台になったお話でした。
ちょうどその前の年、趣味ではじめた畑での体験がインスピレーションとなっていました。当時、畑仕事など、都会育ちの私にとって、未経験のことだらけ。小学校に上がったばかりの息子同様、不安でドキドキする体験をしていました。
そんな私の心配をよそに、慣れない手つきで蒔いたトウモロコシの種は、夏にはみごとに実をつけてくれたのです。
そのトウモロコシの甘さは今でも忘れられません。
畑でトウモロコシたちを収穫しているとき、なぜかふと、父に届けたくなったのです。
父は私が中学生のころ亡くなっていましたから、届ける術などありません。
思えば、たった13年しか関わりをもてなかった父が果たしてトウモロコシを好きだったかどうか、記憶にもないのですが、きっと一緒に過ごした思い出の少ないこの父への慕情がそう思わせたのかもしれません。
絵本の中で、主人公の男の子がトウモロコシを空に飛ばして、天国にすむおじいちゃんに届けるシーンを描きました。そして、次の朝、おじいちゃんから男の子のところにお礼の返事が届くのでした。
天国にいる父からは返事が届くことはありませんが、私はそれからもせっせとトウモロコシを作り続け、沢山の思い出を収穫することができたのです。
後に、畑仕事のエピソードをエッセイにした本を書くチャンスにも恵まれ、その地で念願のアトリエを建てることができて、夢が叶って行きました。
それから数年、様々な出来事に翻弄され過ごすうち、いつしか畑から離れてしまいました。
毎年、オンシーズンになれば、ワークショップを開くために、足繁く山のアトリエには通うのですが、あまりの忙しさに、畑どころではない数年を過ごしていました。
でも、ここ何年か、食の大切さについて、今までよりも気になるようになり、「新鮮な野菜がいつでも食べられたら…」と、昔の畑仕事を思い出すことが多くなっていました。
幸運にも、アトリエのすぐそばで、地元の大工さん(いくさんとあやさん)が畑作業をしているのですが、その方に相談したら、こころよく畑を借りることができたのです。
私たちは、大喜びで苗を買いだしに行きました。普通のスーパーでは手に入らないハーブを中心に、あれもこれもと買い込んだ苗は、用意された畝に植えきれないほど。
あきれながらも、いくさん夫婦夫婦は、親切にも畑を広げてくれたのでした。
久しぶりの畑作業。7,8年のブランクはまったく私をずぶの素人にしてくれていました。
畝の作り方もままならず、作付けもあやふやなままでしたが、なんとか苗を植え付けことができました。
久しぶりにふれた土は、あの頃と変わらぬやわかさでした。そのやさしげな土にふたたび、トウモロコシの種を蒔きました。
「おかえりなさい」
そんなふうにあの夢の畑が迎えてくれたような気がしました。
数週間後、あやさんが現地ですくすくと育っている苗の様子の写メールを送ってくれました。
順調に育つ野菜たち。
夏のワークショップがはじまる頃には、収穫がはじまるでしょう。
みなさん、今年の軽井沢WSは、無農薬の美味しい野菜を沢山味わいに来てくださいね。