インナーチャイルドー 仮想世界を生きる分裂の仮面 vol.2

衝撃的なチャイルドとの出会いの後、家に戻ると私は、すぐさまスケッチブックを取り出して絵を描き始めた。
夢中で描いたスケッチブックには8つの仮面を持つ、ろくろ首のような怪物の絵ができあがっていた。
描いてみるとそのバケモノは意外とユーモラスで、どこか懐かしさが沸いてくる。

ところで、あなたは八岐大蛇(やまたのおろち)の神話を知っているだろうか? 山に匹敵する巨体を持った8つの頭と8つの尾を持つ多頭竜で、 戦神スサノオによって退治されたという伝説の怪物である。
できあがった絵は、子供の頃に聞いたその神話の八岐大蛇(やまたのおろち)に似ていたのだった。

8つの仮面を被った人々は、すなわち私自身が創り出した人格なのだろう。もちろん意図して創ったわけではないが、興味深いのは、そのバケモノたちを操っているのが例のチャイルドであったことだ。

チャイルドと自分 @ Innerchild WS 2010 in 東京 photo by Nori.k

仮面を被った人々は、ポジティブなものからネガティブなものまでいろんなタイプの人々だった。わがままな駄々(だだ)っ子もいれば、聖母マリアのような顔をした偽善者もいて一貫性がない。観察するとそれぞれが意思の疎通を図っているようにも思えなかった。驚くことに、彼らは「私」という領域の中で、共依存関係を保ちながら共生していたのである。
例えれば、自分の家の屋根裏かどこかに、勝手に棲み着いている住人がいたようなものだ。

自分のことが良く分からなくて悩んでいた私は、さらに混乱した。自分がそんな子供に支配されていることなど、夢にも思わなかったのだから…。

しかし、この体験は、その後、分離意識から生まれるシャドウの理論を知るうちに、エゴの策略の意図や心の複雑な仕組みを理解する上で大いに役立つことになる。

インナーチャイルドの仮面 @ Innerchild WS 2011 in 東京 photo by Nori.k

インナーチャイルドに出会ってしばらくは、何が何だか整理もつかず呆然と過ごしていたが、だんだんと心のメカニズムに興味が湧き、やがて心理の世界への深い探究が始まった。

インナーチャイルドは、私が知る由もない心の在り方やトラウマについて実に詳しい知識を持っていた。

私が疑問に思ったことは、彼らがアイデアを教えてくれるように直感的に答えがやって来る。
それはとても腑に落ちる内容だったし、後に専門書に書いてあることと一致していたことから、だんだんと彼女たちを信じるようになっていった。

副人格との対話は、幻覚が見えたり幻聴が聞こえたりするものではなく、心の内面のやりとりだったので、妄想性障害が起こっているのではないと自覚することができたし、特に被害妄想的な考えは浮かんでこなかったので不安はなかった。

内なる葛藤の理由が分かると、次第にそれまで抑圧していた感情の解放も起こり、慢性的な身体症状なども徐々に改善されていった。

しかし、すべてが順調に進んだわけではない。
チャイルドは大抵の場合、協力的だったが、私が心の探究を怠ると夢に出てきては窮状を訴えてくるのだった。
相変わらず感情の起伏は激しかったし、対人関係もより一層複雑化し、この頃の私の人生は実に波乱に満ちていた。

I空間のワーク @ Innerchild WS 2012 in 東京 photo by Nori.k

私にコンタクトをとってくる人格は1つのように見えたが、それぞれ別の仮面を被った8人のグループとつき合っていると捉えた方が良いと思えた。 

自己の内面に現れる別の人格を心理学では「副人格」と呼ぶが、彼らはそういう存在だろう。
しかし、副人格が複数いて、一人一人が違う人格を持っているのだから実に面倒だ。
多勢に無勢な上、彼らは大人顔負けの知能を持っているのだから、私などに勝ち目はない。

よほどしっかりと自我を管理しない限り、あっという間にネガティブな意識状態に陥ってしまいそうになる。

だが、悪いことばかりでもない。
彼らのすべてがネガティブなパーソナリティではなく、中にはとても私に協力的なキャラクターもいた。
セラピーの現場でクライアントの対応に迷ったときに直感が働き、適切なサポートをすることを助けてくれたり、難しい本も理解しやすいように様々なビジョンを見せてくれたりする人格もいた。

こんなふうに書くとオールマイティの知恵を手に入れたように見えるが、所詮彼らは「エゴ」の権化(映画マトリックスのエージェントのような存在)なのだ。
自我という分離意識がなくなるまで人間の悩みは尽きないのだから、自我の権化と闘ったり、結託したりしているうちはマトリックス(仮想世界=分離意識)からの脱却は難しいだろう。

タイムライン @ Innerchild WS 2013 in 東京 photo by Nori.k

このように思えるようになるまで優に20年の年月を要したが、初めは本当に悩んだものだ。

しかし、チャイルドの思考に占領されることなく、何とか冷静さを保ちながらも彼らとの親交を深めてこられたのは幸運だった。
今ではネガティブなロウアーマインド(インナーチャイルド)と、ポジティブなハイアーマインドという両極の自己とつながることができるようになったことで、ようやく自分自身をニュートラルに捉えられるようになった。

思えばこの数十年の間、アートセラピーを通して体験したことや、出会った人々のおかげに違いない。
私が関わりを持ったすべてのクライアントや参加者たちは、私自身のチャイルドたちの投影だったと言える。
皆から多くを学び、自分をサポートする術を学べたことは、私個人の統合のプロセスそのものだった。

初めて北軽井沢で開催 @ Innerchild WS 2014 in 北軽 photo by Nori.k

今でこそ確信できる。
すべての人が内なる子供と生きているのだ。 

彼らの中に棲むインナーチャイルドたちは、傷つき、自らの闇と光を怖れている。 
分離の闇を信じる彼らはあらゆるストーリーを持ち寄り、自らの闇を証明しようと試みるのだ。
それは一見、不毛な闘争にも見えるのだが、どこか生きることへの飽くなき探究にも思えて、涙ぐましくも微笑ましく感じられようになっている。

そんな副人格たちが心に生じたのは、いろんな事情があるのだろう。しかし、ネガティブな人格のとる行動や反応は不思議と共通点があった。

皆、幸せを求めながら幸せになることを怖れ、愛されたいと渇望しながらも、自分を愛することを拒んだ。
インナーチャイルドたちの世界は大いなるパラドックスと矛盾に満ちたワンダーランド(仮想空間)に似ている。

その世界は必ずしも安全ではなく、チャイルドたちは迷宮の中で彷徨(さまよ)っている迷子のようだ。
出口はあるのに、迷宮から出て生きる選択肢はないと絶望しているのである。

その絶望している子供に気づき、助けることができるのは他でもない自分だけなのだ。
自分が自分を助ける救世主になること。

それが、この混沌とした世の中を生き抜くための一筋の光となると信じている。

(つづく)

テーマは食。みんなでパンを作る @ Innerchild WS 2015 in 北軽
インナーチャイルドにお弁当を作る @ Innerchild WS 2015 in 北軽

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